自然界は比較的限られた原料をもとにして、その組み上げ方を変えるだけで、きわめて独創的で多様性に富んだ化合物ライブラリーを構築しています。その巧みで無駄のない生合成経路は、近年医薬品合成研究の場で求められている多様性指向型合成(diversity-oriented synthesis) の優れたお手本になると考えます。
私たちの講座では、「自然が生み出した芸術品」ともいえる天然物をモチーフとして自然の英知に学び、自然が育んできた化合物ライブラリーの構築法に、人類が培ってきた精密合成化学の手法を組み合わせることによって、医薬品開発や生命科学の研究に有用な機能性分子を創製することを目指しています。また、そのための基礎となる合成法の開発を通じて合成技術の進歩に貢献してゆきます。
藍藻が産生する環状ペプチドのデンドロアミドAは、がんの多剤耐性獲得に重要な役割を果たすP糖タンパク質(P-gp)の阻害作用をもち、多剤耐性がんに対する抗がん剤の作用を回復させることが報告されています。我々は、デンドロアミドAのアゾール環の向きを変化させた非天然型アミノ酸ユニットの合成法を開発するとともに、非天然型アミノ酸ユニットを組み込んだアナログ分子の創製を行いました。それらのP-gp阻害活性を調査することで、複素環の配向変化がP-gpの阻害活性に及ぼす影響を明らかにしました。
本研究の過程で、従来にない遠隔位へのハロゲンダンス反応を見出すことができました。ハロゲンダンス反応は、塩基によって芳香環上に生じたアニオンの位置へハロゲンが転位する反応です。通常はアニオン近傍のハロゲンが転位しますが、我々の反応では他の環上に存在する遠隔位のハロゲンが転位するユニークなものでした。ハロゲン供与部やハロゲン受容部の構造を変換させた基質で検討した結果、種々の環構造において同様の反応が進行することを明らかしました。
1951年に発見された非常に興味深い5-6-8 員環縮合構造を持つ三環系ジテルペノイド・リューロムチリンは、グラム陽性菌やマイコプラズマに対してin vitro において中程度の抗菌力を持ちますが、in vivo 活性が弱い化合物でした。 またその作用機序は、原核細胞リボソームとの相互作用を介して細菌の蛋白合成を阻害しますが真核生物のタンパク質合成には作用しないという特徴を持っていました。同時期に発見された抗生物質にストレプトマイシンやエリスロマイシンがあり、これら化合物は、早くから医療機関で使用されていますが、リューロムチリンは、遅れること半世紀以上の2007年(レタパムリン,塗布薬)及び2019年(レファムリン、日本未承認)に感染症治療薬としての開発に成功しています。しかし、ヒトの感染症治療薬としては,現在も開発の余地を残しています。そこで、リューロムチリン系の化合物が、リボソームとの相互作用を介して作用が発現するということをヒントに独自のデザインによる新規抗生物質の創製研究を行い、新規抗菌薬を見出しています。現在、さらに高い抗菌活性を持ち,かつ多剤耐性菌にも有効な興味深い化合物の創製に取り組んでいます。
天然由来化合物であるBalanolは、fungus Verticillium balanoidesの二次代謝産物であり、これまで3つの研究グループにより全合成されています。Balanolは、cAMP依存性プロテインキナーゼC及びAに対し強い阻害活性を示し,ATPの3000倍の親和性でATPと競合的に作用します。プロテインキナーゼCファミリーは、様々な疾患に関係していることから、その選択的阻害薬は治療薬としての可能性を有しています。そこでBalanolをシード化合物として、選択的プロテインキナーゼC阻害薬の構造活性相関研究を行うべく分子設計を行い,新規化合物の合成を行っています。
天然の糖類やその関連化合物の構造的な特徴を利用した機能性分子の開発を行っています.例えば,放線菌の代謝産物でグルコサミン誘導体であるストレプトゾトシンが糖輸送担体GLUT2を認識する分子特性を利用してストレプトゾトシン由来の分子プローブの開発を行っておりこれまでに放射性標識ストレプトゾトシンを報告しています。
また、天然存在比の少ないその他の“希少糖”の一つであるD-アルロース(D-プシコース)が、他の単糖に比べて高い親和性でボロン酸と結合することを見出しています。現在は、この特性を踏まえてD-アルロースのグリコシル化反応などの反応開発に取り組んでいます。