アレルギー疾患の症状の重篤性に強くリンクする疾患感受性遺伝子の発現シグナルを標的とする薬物は次世代治療薬の有力候補です。これまでに、アレルギー性鼻炎のくしゃみや鼻水という急性症状の疾患感受性遺伝子としてヒスタミンH1(H1R)受容体遺伝子及びIL-9遺伝子を、また、好酸球性炎症による鼻閉などの慢性症状の疾患感受性遺伝子としてIL-33遺伝子を見出しています。そこで、これらの疾患感受性遺伝子発現シグナルを明らかにし、その遺伝子発現を制御する天然物リガンドを用いてのアレルギー性鼻炎の克服を目指しています。
図1 H1R遺伝子は花粉症の疾患感受性遺伝子である
花粉症は国民の30%が罹患する国民病で、その有病率は過去10年間増加の一途を辿っています。我々は、花粉症患者において、鼻粘膜ヒスタミンH1受容体(H1R)遺伝子の発現レベルが、くしゃみや鼻水など花粉症症状の重篤性と正に相関し、抗ヒスタミン薬を長期間投与しH1R遺伝子発現を抑制することで、症状が軽減できることを見出しました(図1)。
また、一般に、アゴニスト(受容体刺激薬)の反復刺激により受容体発現量が減少することが知られていますが、我々は、HeLa細胞において、ヒスタミン刺激に伴いH1R遺伝子発現が亢進することを見出し、また、その遺伝子発現シグナルにPKCδが大きく関与していることを明らかにしました。さらに、天然物由来H1R遺伝子発現抑制化合物を探索し、和漢薬苦参から(-)-マーキアインを同定しました。(-)-マーキアインの有機合成法を確立し、その作用機序を詳細に解析した結果、PKCδはHsp90と結合しており、(-)-マーキアインは、この結合を阻害することでPKCδ/Hsp90シグナルを抑制することが明らかとなりました。さらに、H1R遺伝子発現調節機構を明らかにし、H1R遺伝子がPKCδ/Hsp90シグナルを介することを明らかにしました(図2)。Hsp90はステロイド受容体と結合し、ステロイドシグナルを調節することがよく知られています。ヒスタミンシグナルとステロイドシグナルの両シグナルの調節にHsp90という共通の分子が作用するということは非常に興味深いところです。
図2 H1R遺伝子発現シグナル
一方、アレルギーモデル動物を用いた研究から、上に述べたPKCδ/Hsp90シグナルを抑制するだけでは鼻症状は完全には抑えきれないことがわかってきました。実際、花粉症患者の中にも抗ヒスタミン薬が効きにくい人がいることが知られています。Th2サイトカイン抑制薬のスプラタストはモデルラットにおいて鼻症状を軽減しますが、PKCδ/Hsp90シグナルを抑制しないことがわかりました。そこで、PKCδ/Hsp90シグナルを抑制する抗ヒスタミン薬とスプラタストとをモデルラットに併用投与したところ、鼻症状をほぼ完全に抑えられることがわかりました。スプラタストの作用機序を解明し、第2の花粉症症状発症シグナルとしてNFATシグナルを明らかにすることに成功しました。また、徳島県特産物の阿波番茶やレンコンの抗アレルギー効果が言い伝えられていましたが、面白いことに、阿波番茶やレンコンが第2のシグナルを抑制することがわかり、これらの有効成分の単離・同定に成功しました。
花粉症の研究から、私たちは、2つの花粉症症状発症主要シグナルを同定することができました(図3)。また、PKCδ/Hsp90シグナルとNFATシグナルを同時に抑制することで症状を劇的に改善できることも明らかにしました。
図3 花粉症発症に関与する主要細胞内シグナルと天然物由来シグナル抑制化合物
花粉症以外にもこれらのシグナルが症状発症に強く寄与する疾患があります。そこで、これらの疾患のうち、糖尿病やパーキンソン病、リウマチに着目し、これまでに、我々が同定したシグナル抑制化合物が症状改善に対して有効であることを明らかにしています。
「薬は何のためにあるの?」「薬は病気を治すためにあるのだよ。」 薬を作るためには、病気がどのようにして起こるのかを知らなければいけません。我々は、どのようにすれば病気を治せるかということを常に考え研究を行っています。薬学の祖と呼ばれる長井長義先生は、ベルリンから帰国後の演説で、自然界から有効成分を発見し、人工合成により医薬品を生み出すことの重要性を説いたといわれています。 上で見てきたように、疾患感受性遺伝子の発現シグナルを標的とする薬物は次世代治療薬の有力候補であると考えられます。私たちは、花粉症の疾患感受性遺伝子としてH1R遺伝子とIL-9遺伝子を明らかにしました。また最近、喘息など好酸球が増えることにより引き起こされる病気の疾患感受性遺伝子としてIL-33遺伝子を見出しました。今後も、疾患感受性遺伝子の発現調節機構を明らかにし、天然物からの遺伝子発現抑制化合物の単離、培養細胞を用いた化合物の作用機構の解明、および動物モデルを用いた症状改善効果の検証などを通して、基礎研究の成果を臨床へ結びつける研究を行なっていきたいと考えています。